期間:12月26日~1月2日
参加者:野口、高井
記録:野口
今合宿は多くの関係各位に心配ならびにご迷惑をかけたことをここにお詫びいたします。後日改めまして正式な報告書をお送りしたいと思います。また、ブログにアップするのが大変遅くなり、申し訳ありませんでした。
12月26日(晴れ)
離洛。夜、鳩打峠に幕営。
12月27日(晴れ)
鳩打峠~小八郎岳~烏帽子ヶ岳~池の平山
初日から2時間の寝坊をしてしまった。出発したのは8時前であった。小八郎岳までは雪も無く荷物が重いだけで順調に進む。頂上からは南アルプスが一望でき最高だった。そこから先はだんだん雪も出てきたがトレースがついていたためルートはしっかりしていた。しかし、次第に雪も深くなってきて、スピードも落ち、烏帽子ヶ岳からは完全にトレースが無くなり、ワカンを履いても越までのラッセルを強いられた。そのため予定よりもぜんぜん進めず、池の平山頂上で幕営。
12月28日(曇り)
池の平山~念丈岳~奥念丈岳
6時に出発したが、ルートがわからず明るくなる7時まで行動できず。そこからは昨日と同じくひたすらラッセルである。念丈岳からは笹の上に雪が積もり、非常にラッセルがキツイ。それでも必死に奥念丈を目指す。奥念丈から先もラッセルで1時間ばかり進んだところで幕営。
12月29日(雨のち雪)
奥念丈岳~南越百山~越百山~仙涯嶺との中間の稜線上
出発しようとしたら雨であったため9時前に雪になったのと同時に行動を開始する。南越百山までは笹の上に雪が積もった非常にラッセルしにくい樹林帯を行く。南越百山から先は森林限界も過ぎ風も強いためクラストして歩きやすくなった。越百山頂上からは、越百小屋も確認できさらに先に行く。仙涯嶺との中間地点まで来た稜線上に暴風壁を作り幕営する。
12月30、31日(吹雪、ホワイトアウト)
沈殿。
1月1日(ホワイトアウト)
仙涯嶺との中間の稜線上~越百山~2450m地点
なんとしても次の日までには下山しなくてならないため、行動を開始する。越百山までは自分たちが付けたトレースを頼りに進み頂上からは尾根を下れば小屋であるが、ホワイトアウトで全く分からない。一時、頂上の岩陰にテントを張り休憩し、13時に再び地図とコンパス、高度計を頼りに下る。何とか尾根を見つけたものの、胸までのラッセルであり、日没まで行動したが、結局2450m地点の樹林帯で幕営となった。
1月2日(晴れ)
天気が回復した。明るくなるのと同時に行動を開始し、2時間かけ9時半に小屋に着く。小屋の主人と相談し今日中に下れるということであるため、途中まで空身ラッセルし、再び小屋に戻り、11時近くに出発。トレースを付けた地点以降も胸までのラッセルを強いられ、登山口の福栃平に着いたのは16時半であった。この地点では携帯電話の電波は通じず、そこから林道を3時間かけて歩き、最初の集落ではじめてつながり、警察から連絡が入り、事態を知った。その後、警察署の人に迎えに来てくださり、木曽警察署に保護された。
以上が簡単な報告です。正式なものはまた後日発送いたします。
最後に今回起きてしまったことはもうどうすることもできないため、ここで得た経験を今後に繋げていきたいと思います。
参加者:野口、高井
記録:野口
今合宿は多くの関係各位に心配ならびにご迷惑をかけたことをここにお詫びいたします。後日改めまして正式な報告書をお送りしたいと思います。また、ブログにアップするのが大変遅くなり、申し訳ありませんでした。
12月26日(晴れ)
離洛。夜、鳩打峠に幕営。
12月27日(晴れ)
鳩打峠~小八郎岳~烏帽子ヶ岳~池の平山
初日から2時間の寝坊をしてしまった。出発したのは8時前であった。小八郎岳までは雪も無く荷物が重いだけで順調に進む。頂上からは南アルプスが一望でき最高だった。そこから先はだんだん雪も出てきたがトレースがついていたためルートはしっかりしていた。しかし、次第に雪も深くなってきて、スピードも落ち、烏帽子ヶ岳からは完全にトレースが無くなり、ワカンを履いても越までのラッセルを強いられた。そのため予定よりもぜんぜん進めず、池の平山頂上で幕営。
12月28日(曇り)
池の平山~念丈岳~奥念丈岳
6時に出発したが、ルートがわからず明るくなる7時まで行動できず。そこからは昨日と同じくひたすらラッセルである。念丈岳からは笹の上に雪が積もり、非常にラッセルがキツイ。それでも必死に奥念丈を目指す。奥念丈から先もラッセルで1時間ばかり進んだところで幕営。
12月29日(雨のち雪)
奥念丈岳~南越百山~越百山~仙涯嶺との中間の稜線上
出発しようとしたら雨であったため9時前に雪になったのと同時に行動を開始する。南越百山までは笹の上に雪が積もった非常にラッセルしにくい樹林帯を行く。南越百山から先は森林限界も過ぎ風も強いためクラストして歩きやすくなった。越百山頂上からは、越百小屋も確認できさらに先に行く。仙涯嶺との中間地点まで来た稜線上に暴風壁を作り幕営する。
12月30、31日(吹雪、ホワイトアウト)
沈殿。
1月1日(ホワイトアウト)
仙涯嶺との中間の稜線上~越百山~2450m地点
なんとしても次の日までには下山しなくてならないため、行動を開始する。越百山までは自分たちが付けたトレースを頼りに進み頂上からは尾根を下れば小屋であるが、ホワイトアウトで全く分からない。一時、頂上の岩陰にテントを張り休憩し、13時に再び地図とコンパス、高度計を頼りに下る。何とか尾根を見つけたものの、胸までのラッセルであり、日没まで行動したが、結局2450m地点の樹林帯で幕営となった。
1月2日(晴れ)
天気が回復した。明るくなるのと同時に行動を開始し、2時間かけ9時半に小屋に着く。小屋の主人と相談し今日中に下れるということであるため、途中まで空身ラッセルし、再び小屋に戻り、11時近くに出発。トレースを付けた地点以降も胸までのラッセルを強いられ、登山口の福栃平に着いたのは16時半であった。この地点では携帯電話の電波は通じず、そこから林道を3時間かけて歩き、最初の集落ではじめてつながり、警察から連絡が入り、事態を知った。その後、警察署の人に迎えに来てくださり、木曽警察署に保護された。
以上が簡単な報告です。正式なものはまた後日発送いたします。
最後に今回起きてしまったことはもうどうすることもできないため、ここで得た経験を今後に繋げていきたいと思います。
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